【経営者のための現場改善】

人時生産性の改善は現状把握から

今、現場で起こってること変えられますか?

2019年10月25日

伊藤 稔(株)レイブンコンサルティング代表取締役

「おかげさまで、結果も良くなってきているので、これはいけるのではないか?と思い、その取り組みを会議で報告してもらいました。ところが、会場はしーんと静まり返っちゃいまして。改めて、これにしっかり取り組み、広げていくことの重要性を痛感しました」

 これはある経営者のひと言です。

「これは改善が進んでいる証です。その調子で頑張ってください」と、エールを贈らせていただきました。

 こちらの企業、人時売上げが共有できるように、あるフォーマットを使って運営改革をしています。共有された人時売上げを、社員やパートさんが確認することで「この数値はどういう意味ですか?」とか「これはどう改善したらいいのか?」といったやり取りが自然に起こります。現場責任者はボーっとしていると、答えられませんから、ミーティングでのメモを頼りに、テキストを復習し自分なりに考え説明していきます。

「『この売上げをとるのに、実際にどれぐらい人手がかかるのか、売上げと人時の2つの視点で見てください』と各責任者が自分の言葉で説明すると、これまであまり話をしなかった人までが、よく話を聞いてくれ、会話に参加するようになりました」という話を聞くと、時が経つごとに現場の理解が進んでいることが分かります。

 何でもそうですが、何かを始めるとき、現状把握から始める訳ですが、人時生産性を考える上でも同じで、『その実態はどうなっているのか?』が第一関門となります。

「店は毎日見ているので、各店の問題は分かっている」という声が聞こえてきそうですが、「お店では見えない部分を見てください」と申し上げています。

 人時生産性と顧客満足度という視点で見ると、その本質的な現場の状態や、対策を考える上でのその位置付けの違いが浮かび上がってきます。

 利益が出ている事業と出ていない事業を一方の座標軸、顧客満足度の高い事業と低い事業をもう一方の座標軸に据え、事業を区分けしていくと分かるのですが、同じグループ企業であっても、その位置付けが異なってくるということです。

 例えば、好調のコンビニ事業が不振のスーパーマーケット事業をカバーしたり、ドラッグストア事業が総合スーパー事業をカバーしているというように、大手企業でも事業間格差が明らかになっています。

 中小チェーン企業も同じで、出せば売れる好立地に出店したドル箱店舗が、儲かっていない店舗をカバーしているというのと同じ構造です。

 今、少子高齢化により、このドル箱であった事業の売上げが低下し、不振事業をリカバリーできない状況が起こり始めています。そのため、『各事業や店舗単位の人時生産性がどうなのか?』ということに注目が集まっています。

一度に稼ぐやり方から長く稼ぐやり方へ

 業界を超え俯瞰すると分かることは、『販促強化で一気にモノを売るこれまでのやり方から、利益が出るユニットを作り、時間の経過とともに利益が積みあがっていく、ストック型といわれるビジネスモデルに舵を切っている』ということです。

 安く人手が確保できた時代は、売上げの山場をつくって大きく稼ぐやり方は、当たり外れはあっても利益確保ができました。しかし、人口減少のため販促強化によるピーク売上げは年々下がってきています。一方で、人件費の上昇に伴い、ピーク売上げの高コスト構造が問題となっています。

 それでも販促を強化しないと、売上げが落ちるのではないかという懸念から、高コスト構造の問題に着手できない状態にあり、大手チェーンではグループ最高益といえども、高コスト構造の問題に着手して、数千人規模のリストラに動き始めているのはご承知の通りです。

 人口減少の時代には『販促強化で大きく売上げをとることから、利益が出る小さなユニットを作っていくことへの変革が必要になるのですが、ここで、それがなかなかそうはならない理由を紹介しておきましょう。 

 それは何か新しいことをプラスで始めることは簡単でも、今あることをやめたり、見直して削減することは、それを執り行う組織や仕組みがないと、できないということです。

 そのため、売上げの山場を増やすことはたやすくできても、山場の削減となると、議論になり、結局、何も変えられないのです。

 誤解のないように申し上げておきますが、これはチラシを単純にやめるとか、売上げが下がることを容認するということではなく、特別な山場がなくても利益が出せる仕組みをつくることです。 

 最初に利益が出るユニットを作って利益を確定していき、時間の経過とともに利益が増えていく状態を作ります。言い換えると「時間を味方にして利益を積み上げていく」ということになります。

 大事なことは『最初の目利きが肝心で、正しい方法で早く動くことが利益を大きくする』ということです。

社長が改革の責任者をバックアップする

 今、残業に関して、労働基準監督署の厳しい指導が入っていて、今まで月60~80時間残業をやっていた人ができなくなっています。そのため、このままいくと、業務遅延をするか、サービス残業や持ち帰り残業といった、労働時間の隠ぺいといった問題に直面します。

 私がお手伝いさせていただいている企業には、この問題の解決のために、責任者には奔走してもらいます。『最初の1カ月でどこまでできるか?』が勝負だからです。人を投入して振り分けて、まずサービス残業がない状態にする取り組み、それによって1人10時間以内の残業に何とか収めようと動く店もあります。

 あるいは、一番見えていなかったサービス残業について「全打刻します」と宣言して、全打刻に取り組まれた企業お店もあります。そもそも この『お店を運営するのにいくらかかるのか?』について、この機会を逃したらチャンスがないと思いやった結果、残業が増えたものの、実態をつかめ、1歩前進、自信につながったという方もいます。

 中には「これどうなってるんだ!」と本部から苦情が来ましたが、店舗責任者として「この問題にしっかり取り組まなければ、前に進めない、やるべきことが見えてきた」と逆境をプラスに変換した方もおられます。

 こういった問題は、社長としてなんとなく気づいてはいても、店の個人個人の勤怠をチェックすることはできないことから、それを正しく行う主旨を伝え、実態に問題があるようであれば、先陣を切って、変えていく現場責任者をバックアップしていくことが 秘策のひとつになってきます。

 大事なことは、改革を進める現場責任者をバックアップするパトロンの存在であり、それは社長以外の誰にもできないということです。

 ご承知の通り、この問題は深く、現場責任者の店長一人ではどうにもならない上、一歩間違えれば、大きな問題になりかねません。すこし前は、労働基準監督署から指摘があっても「うまくやってください」という指導で済んだものが、今はこうした事実が判明すれば、企業名公表というダメージを受けることになります。

 その背景には、スマホの普及とともに、新規採用の新入社員やアルバイトの方が簡単にSNSで情報発信できるということがあります。働き手の家族がそうした企業に勤めてそういう目にあえば、その家族からも通報が入るといったことが起きています。今こそ勤務実態をしっかりと把握する体制をキチンと構築しておきませんと、事が起きてからでは遅いということになります。

労働時間を正しく把握することからスタート

 実際に取り組みを行っている企業では、「人件費が少しでも変われば大きく利益が変わる」と言って、協力してくれる部門が次第に増え、店舗へのサポート力が強化されています。

 月の残業が100時間を超えた人や、休日出勤してる人もいた実態を知ることができ、「いい方向にもっていけています」と現場責任者はホッとしていて、経営者にとっては、人時生産性に集中して取り組めることが最も大きいと言われます。

 店舗と本部、従業員の信頼関係を築くのは、この正しい勤務状態を構築することがその第一歩となるわけですが、それにはまず、最初に誰かが動いてつくらなくてはならないわけですが、前出のように複雑かつ面倒なことが多く、多くの企業がこの最初の段階で諦めてしまっています。

 詳しくは、セミナーでお伝えしていますが、まずは社長にそのプロセスと効果を知っていただき、現場の責任者には『リスクのとり方はどうやればいいのか? 取り組みを大きくプラスに変換していく手順をどのように示せばいいのか?』といったことを通じて、経営幹部の意識を変えていくきっかけづくりを示しています。

 誰もが避けて通る面倒なことだからこそチャンスがあるわけですが、これを最初の段階でしっかりと押さえておくことで、成長の可能性を大きく高めることになります。

 さあ、貴社では、避けて通れない労働時間問題を生産性向上に変換させるために、今どう動いておられますか? 

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